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『嫌われる勇気』が人間関係の苦しさを解く理由

先日、Q&Aサイトでこのような切実な悩みを拝見しました。「職場でも家庭でも、いつも誰かの機嫌をうかがって生きています。上司に嫌われないように、ママ友の輪から外れないように、いつも先回りして気をつかっているのに、家に帰るとどっと疲れて涙が出ます。こんなに頑張っているのに、なぜ私はこんなに生きづらいのでしょうか。もっと楽に、自分らしく人と付き合える日は来るのでしょうか」。

読んでいて胸が締めつけられました。相談者の方は、決して怠けているわけではありません。むしろ人一倍まわりに気を配り、波風を立てないように必死で努力しています。その努力が報われるどころか、自分をすり減らす方向に働いてしまっている。周囲に合わせれば合わせるほど、自分の輪郭がぼやけていく。そんな感覚に覚えのある人は、きっと少なくないはずです。この苦しさに名前をつけて、出口まで示してくれる一冊があります。それが今回ご紹介する『嫌われる勇気』です。

岸見一郎さんと古賀史健さんによるこの本は、2013年の刊行以来、日本国内だけで累計200万部を超え、韓国や台湾でも社会現象と呼ばれるほど読まれてきました。ビジネス書のランキングに何年も居座り続け、ドラマ化までされた一冊です。タイトルだけを見ると、「わざと人に嫌われろ」という乱暴な自己啓発書のように誤解されがちです。書店で見かけても、内容を確かめないまま敬遠している人も多いはずです。私自身、最初はそう思って手に取りませんでした。けれど中身は、そういう攻撃的な話とはまるで違うところにあります。

この本が扱っているのは、アルフレッド・アドラーという心理学者の思想です。フロイト、ユングと並んで「心理学の三大巨頭」と呼ばれながら、日本では長らく名前の知られていなかった人物です。アドラーが100年前に語った考え方を、哲学者である「哲人」と、生きづらさを抱えた「青年」の対話という形で、驚くほど読みやすく描き出したのが本書です。難しい専門用語を並べる代わりに、身近な悩みを一つひとつ取り上げながら話が進むので、心理学の知識がなくても最後まで読み通せます。

アドラーの思想が刺さるのは、たいてい人間関係に疲れた瞬間です。アドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と言い切りました。お金の悩みも、仕事の悩みも、健康の悩みも、突き詰めれば「誰かと比べて」「誰かにどう見られるか」というかたちで私たちを苦しめます。もし世界にたった一人きりで生きているなら、劣等感も孤独も生まれようがない。裏を返せば、対人関係のこじれをほどければ、悩みの大半は形を変える。この大胆な出発点に立って、本書は話を進めていきます。冒頭の相談者の方の疲れも、まさに対人関係の悩みそのものです。

冒頭の相談者の方が抱えている「嫌われないように必死になる苦しさ」は、アドラー心理学がまさに正面から取り上げるテーマです。なぜ私たちは他人の評価にこれほど振り回されるのか。なぜ過去のつらい経験が、今の自分をずっと縛り続けるように感じるのか。そして、その鎖をどうやってほどいていけるのか。本書はこの問いに、その場しのぎの慰めを差し出してはきません。生き方の根本をひっくり返すような、骨太の答えを突きつけてきます。

正直に言えば、この本は読んでいて何度も反発したくなります。「そんなの理想論だ」「現実はそんなに単純じゃない」と、青年と一緒になって哲人に食ってかかりたくなる場面がいくつもあります。私も付箋を貼りながら、余白に「本当か?」と何度も書き込みました。けれど、その反発こそがこの本の狙いなのだと、読み終えて気づきました。抵抗しながら読み進めるうちに、自分がいかに「変われない理由」を握りしめて生きてきたかが、少しずつ見えてくるのです。

この記事では、まだ『嫌われる勇気』を読んでいない方に向けて、本の核心にある考え方を、私自身が受け取った解釈も交えながらお伝えしていきます。要約をなぞるだけの紹介にはしたくありません。この本のどこが、冒頭のような悩みを抱えた人の胸に刺さるのか。読むと何が変わりうるのか。あらすじを明かして満足させて終わりにするつもりもありません。「これは自分のための本だ」と感じて、あなた自身の手で最初のページを開きたくなる。そこまで届けるつもりで書いていきます。

もしあなたが今、誰かの顔色をうかがいながら、本当の自分を後回しにして生きているなら。あるいは、昔の失敗や親との関係を思い出しては、「あのせいで自分はこうなった」と感じているなら。この先を読み進めてみてください。読み終える頃には、少しだけ肩の力が抜けているかもしれません。

目次

対話でたどる本 ― アドラー心理学と「目的論」

本書の作りから触れておきます。『嫌われる勇気』は、章立てされた解説書の形をとっていません。全編が、書斎にこもる「哲人」と、そこへ議論をふっかけに来る「青年」の対話でできています。青年は劣等感が強く、仕事も人間関係もうまくいかず、世界も他人も信じられずにいます。彼が「あなたの言うことは机上の空論だ」と噛みつき、哲人が静かに切り返す。このやり取りが五夜にわたって続きます。読者は五日間、二人の議論に立ち会う目撃者のような気分で読み進めることになります。

この対話形式が実によく効いています。青年の反論は、読者である私たちが感じる疑問そのものだからです。「過去のトラウマは実在するじゃないか」「他人に嫌われて平気な人間なんていない」。私たちが心の中でつぶやく言葉を、青年が先回りして口にしてくれる。だから読者は置いてけぼりにされず、自分の抵抗を代弁してもらいながら、少しずつ哲人の世界へ引き込まれていきます。一方的な講義を聞かされるのとは、体験がまるで違います。プラトンの対話篇を思わせる、古くて新しい語り口です。

アドラー心理学とは何か。創始者のアルフレッド・アドラーは、オーストリア出身の精神科医で、一時はフロイトと共同研究をしていました。やがて考え方の違いから袂を分かち、独自の理論を築きます。彼の学説は「個人心理学」と呼ばれ、人間を部品の寄せ集めとして分解せず、分割できないひとつの全体として捉えるところに特徴があります。感情も理性も、意識も無意識も、すべてがその人の生き方の目的に向かって一貫して働いている。そう考えるのがアドラーの立場です。

なぜこの本が世界的なベストセラーになったのか。理由のひとつは、扱っているテーマが時代や国境を超えて普遍的だからだと考えます。SNSで他人の評価に一喜一憂し、比較に疲れ、生きづらさを訴える人が増えた現代に、アドラーの「他者からどう見られるかを手放す」という思想はまっすぐ届きました。100年前の理論が、まるで今の私たちのために書かれたかのように読めてしまう。この時代を超える射程の長さが、これほど多くの人の手に取らせたのだと思います。日本でアドラーの名が一気に広まったのも、この本がきっかけでした。

ここから、本書の核心のひとつである「目的論」に入ります。これは読み始めてすぐ、青年が最初につまずく考え方です。

私たちは日頃、自分の行動や感情を「原因」で説明します。「親に厳しく育てられたから、人前で萎縮してしまう」「昔いじめられたから、人が怖い」。過去の出来事が原因となって、今の自分という結果が生まれた。この因果の見方を、アドラーは「原因論」と呼びます。フロイト的なトラウマの考え方も、この系統に立っています。私たちの多くは、無意識のうちにこの原因論で自分を語っています。

アドラーはここで真逆の立場をとります。人は過去の原因に突き動かされて生きているわけではない、今この瞬間の「目的」に沿って生きているのだ、と。これが目的論です。たとえば「不安だから外に出られない」という説明を、アドラーはひっくり返します。外に出たくないという目的が先にあって、その目的をかなえるために不安という感情をこしらえている。順番がまるで逆だと言うのです。

本書には忘れがたい例が出てきます。喫茶店でウェイターに服を汚され、思わず大声で怒鳴った人。彼は「怒りに我を忘れた」と言うでしょう。けれどアドラーの見方では、彼は相手を屈服させて自分の要求を通すという目的のために、怒りという道具を取り出して使ったにすぎません。証拠に、怒鳴っている最中に電話が鳴って相手が取引先だとわかれば、人は一瞬で冷静な声に切り替えられます。怒りは、湧き上がって抑えきれない衝動に見えて、その実、必要に応じて出し入れできる手段なのだ、と。この指摘には、思わず唸らされました。

この目的論を、冒頭の相談者の方に当てはめてみます。「傷つきたくない」という目的が先にあるから、人に嫌われないよう先回りして気をつかう。その戦略を選んでいるのは、過去でも他人でもなく、今の自分自身です。厳しい言い方に聞こえるかもしれません。けれどこれは、裏を返せば希望の話でもあります。過去が原因なら変えようがありませんが、今の目的なら、自分で選び直せるからです。目的論は私たちから「変われない言い訳」を奪う代わりに、「いつでも変われる」という可能性を手渡してきます。だからこそ青年は激しく抵抗し、読者もまた反発する。その揺さぶられる感覚を抱えたまま、次はもっと生活の近くで使える考え方へ進みます。

「課題の分離」と、承認欲求から降りる勇気

本書のなかで、最も多くの読者の人生を実際に動かしたであろう考え方が「課題の分離」です。冒頭の相談者の方の生きづらさに、いちばん直接効く処方箋がここにあります。読み終えた人が「あの一節に救われた」と口をそろえるのも、たいていこの部分です。

課題の分離とは、目の前で起きている問題が「誰の課題なのか」を見極めて、他人の課題には土足で踏み込まない、自分の課題には他人を踏み込ませない、という線引きの技術です。見分け方はいたってシンプルで、「その選択の結末を最終的に引き受けるのは誰か」を問えばいい。結末を背負う人の課題なのです。この一本の問いだけで、こじれた悩みの多くが整理できます。

本書では、勉強しない子どもの例が挙がります。親は「勉強しなさい」と口を酸っぱくして言う。けれど勉強するかしないか、その結果を最終的に引き受けるのは子ども自身です。だから勉強は子どもの課題であって、親が横から奪い取っていいものではありません。親にできるのは、いつでも援助する用意があると伝え、子どもが助けを求めてきたときにそこにいること。馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲むかどうかは馬が決める。この距離感を、アドラーは繰り返し説きます。

これを職場に置き換えてみます。あなたが誠実に資料を作り、丁寧に説明したとします。それでも上司が評価してくれるかどうか、機嫌よく受け取ってくれるかどうかは、上司の課題です。あなたが手を出せる領域の外にあります。あなたの課題は「よい仕事をすること」まで。相手がどう反応するかは、相手に委ねるしかありません。ここを混同すると、コントロールできないものをコントロールしようとして、際限なく疲れていきます。相談者の方の消耗の正体は、まさにこの混同にあります。

家族の関係でも同じことが起きます。親が子どもの進路や結婚に口を出して衝突する。多くの場合、親は子どもの課題に踏み込んでいます。「あなたのため」という言葉は、しばしば自分の不安を子どもに肩代わりさせるための口実になっています。逆に、子どもが親の期待に応え続けようとして苦しむのも、親の課題を自分が背負い込んでいる状態です。どちらの荷物が誰のものなのか、線を引き直すだけで、ずいぶん呼吸が楽になります。

SNSはこの混同が最も激しく起きる場所かもしれません。投稿にどれだけ「いいね」がつくか、誰かが自分をどう思うか。それは他者の課題なのに、私たちは通知を握りしめて一喜一憂します。他人の反応という、本来こちらの手の届かないものを、自分の価値の証明にしてしまう。だから消耗する。課題の分離は、この重い荷物に向かって「それはあなたの荷物ではありません」と告げ、そっと肩から下ろさせてくれます。

ここで、本書のもうひとつの柱である「承認欲求からの自由」がつながってきます。アドラーは、承認欲求を強く否定します。他人に認められたいという願いに従って生きることは、他人の人生を生きることだ、と言い切ります。

考えてみれば、承認を求めるとは、相手の期待に沿って自分を形づくることです。褒められるために行動し、叱られないように行動する。その先にあるのは、常に他人の顔色をものさしにした生き方です。褒美をもらえなければ動かない、罰がなければ動かない。それは自由な生とは言えません。相談者の方が「こんなに頑張っているのに疲れる」と感じるのは、頑張りの方向が、まるごと他人の承認に向いているからです。ものさしを他人に預けている限り、どれだけ努力しても心は満たされません。

では承認を手放すと、人はどうなるのか。ここで本のタイトルの本当の意味が立ち上がります。他人の期待を満たすために生きるのをやめれば、当然、あなたを気に入らない人も出てきます。全員に好かれることは、自由を捨てることと引き換えでしか成立しないからです。だからこそ、嫌われる可能性を引き受ける勇気こそが、自分の人生を生きる第一歩になる。「嫌われる勇気」とは、進んで人に嫌われにいくことではありません。嫌われることを恐れて自分を偽るのをやめる、という意味だったのです。タイトルの印象とは、まるで逆の話でした。

誤解しないでほしいのは、これは「他人を切り捨てて好き勝手に生きろ」という教えとは違うという点です。課題を分離することと、人を見捨てることは別ものです。むしろ相手の課題を尊重するからこそ、健全な距離で人とつながれます。線を引く行為には、冷たさよりもむしろ、他者への敬意がこもっています。この一見つめたく見える教えが、次章の「共同体感覚」というあたたかいテーマへと折り返していきます。

「共同体感覚」と「いま、ここ」を生きる

課題の分離で他人と自分のあいだに線を引いたあと、青年は当然の疑問をぶつけます。「では人と切り離されて、孤独に生きろというのか」と。ここでアドラー心理学は、対人関係のゴールとして「共同体感覚」を差し出します。本書の後半で、議論はいちだんと深いところへ潜っていきます。線を引く話から、つながりの話へ。ここで一気に視界が開けます。

共同体感覚とは、他者を敵ではなく仲間だと感じ、そこに自分の居場所がある、と思える感覚のことです。アドラーの言う共同体は、家族や会社や国にとどまりません。過去や未来の人類、動植物や無生物まで含んだ、とてつもなく大きな全体を指します。壮大すぎて最初はとらえどころがありませんが、要は「自分はこの世界の一部として、ここにいていい」という深い安心のことだと私は受け取りました。この安心が根っこにあれば、人は他人の評価に振り回されずに済みます。

この感覚に至る鍵として、アドラーは自己受容、他者信頼、他者貢献という三つの態度を挙げます。順に見ていきます。

自己受容は、ありのままの自分を受け入れることです。できない自分を無理に「できる」と思い込む自己肯定とは違います。60点の自分を100点だと偽るような無理はしません。「今は60点だ、では残りをどう埋めていこうか」と、等身大の自分から静かに出発する態度です。変えられないものを受け入れ、変えられるものに力を注ぐ。この見極めが、地に足のついた前進を生みます。背伸びした自己肯定は、いつか反動でしぼみますが、自己受容はしぼみません。

他者信頼は、相手を無条件に信じることです。裏切られるかもしれないから信じない、という条件つきの態度をとる限り、深い関係は結べません。裏切るかどうかは相手の課題であり、こちらの課題は「信じること」まで。ここでもさきほどの課題の分離が土台になっています。信じて裏切られる痛みを引き受けてでも、人を仲間と見なす。その覚悟の先にしか、本当のつながりは生まれないのだ、とアドラーは言います。

そして他者貢献です。仲間である他者に対して、自分が役に立てていると感じられること。ここが共同体感覚の核心だと本書は語ります。注意したいのは、貢献が自己犠牲を意味しないという点です。他人に認められるための貢献なら、それはまた承認欲求に逆戻りしてしまいます。そうした見返り目当ての貢献を超えて、「私は誰かの役に立っている」という主観的な感覚こそが、自分の価値を自分で満たします。この感覚があれば、他人の評価という不安定なものに、もう自分の価値を預けずに済みます。

ここでアドラーは、私たちの価値観を根っこから揺さぶる話をします。人は「行為」のレベルを超えて、「存在」のレベルで、すでに他者に貢献している、というのです。寝たきりのお年寄りが、ただ生きているというだけで、家族に生きる張り合いを与えている。何かを成し遂げなくても、存在しているだけで人はすでに誰かの支えになっている。生産性や成果で人の価値を測ることに慣れた身には、この一節は静かな衝撃でした。役に立たなければ価値がない、という思い込みが、そっとほどけていきます。

本書のもうひとつの到達点が、「いま、ここを生きる」という考え方です。アドラーは、人生を一本の線とみなす見方を退け、点の連続として捉えます。過去にどんな失敗があろうと、未来がどうなろうと、それは今この瞬間には関係がない。私たちが実際に生きられるのは、いま、ここという一点だけだからです。

多くの人は、人生を登山にたとえます。頂上という目標に向かって、ふもとから一歩ずつ登っていく道のり。この見方をとると、頂上に着くまでの人生は「途上」の、仮の時間になってしまいます。アドラーはこの登山のたとえを退けます。人生とは、いまこの瞬間をくるくると舞い続けるダンスのようなものだ、と。ダンスは、どこかに到達するために踊るのではありません。踊っている今そのものが充実であり、その一瞬一瞬が目的地です。

この視点は、日々の生き方を静かに変えます。「いつか成功したら幸せになる」「準備が整ったら本当の人生が始まる」。そう考えている限り、幸せは永遠に先送りされます。試験に受かったら、痩せたら、お金が貯まったら。その「いつか」は、待っていても決して訪れません。今日という一点を真剣に、丁寧に生きることの積み重ねの先にしか、人生は存在しないからです。読み終えて顔を上げたとき、見慣れたはずの今日が、少し違って見えました。

冒頭の相談者の方に、この章の言葉を返すとしたら、こうなります。あなたは今日も、誰かに気をつかい、疲れ果てて涙を流した。けれどその一日は、誰かの承認を勝ち取れなかった失敗の日ではありません。あなたが存在し、家族や職場という共同体の一部としてそこにいた、というだけで、あなたはすでに貢献しています。評価されるかどうかの土俵から降りて、いま、ここを踊るように生きていい。読み終えたとき、そう背中を押される感覚が、たしかに胸に残りました。

どんな人に効くか、そして読む前に知っておきたいこと

ここまで読んで、『嫌われる勇気』がどんな本か、輪郭が見えてきたはずです。最後に、この本がとくに響く人と、手に取る前に心づもりしておいてほしいことをお伝えします。相性のいい人にとっては、人生の一冊になりえます。

まず、強くおすすめしたいのは、人の顔色をうかがって疲れきっている人です。冒頭の相談者の方のように、嫌われないための努力で自分をすり減らしている人には、課題の分離と承認欲求の話がまっすぐ効きます。他人の反応という重い荷物を、下ろしていいのだという許可を、この本はくれます。読んだあと、通知に手が伸びる回数が減った、という声もよく聞きます。

過去に縛られていると感じる人にも届きます。「あの家庭に生まれたから」「あの経験があったから、自分はこうなった」。そうやって過去に今を説明してきた人にとって、目的論は痛烈で、同時に解放的です。変えられないと思い込んでいた自分に、選び直す余地があると気づかせてくれます。人間関係を一からやり直したい人、生き方の軸を持ちたい人にも、確かな手応えのある一冊です。

一方で、正直にお伝えしておきたいこともあります。この本は、やさしく寄り添って慰めてくれるタイプの本とは違います。むしろ読者の甘えや言い訳を、次々に取り上げていきます。「つらいのはあなたが選んだ目的のせいだ」と言われて、素直にうなずける人ばかりではないはずです。哲人の語り口には、時に突き放すような厳しさがあります。読みながらムッとする瞬間があっても、それはあなたの心が本気で反応している証拠です。

だからこそ、アドラーの思想は「劇薬」と呼ばれます。効き目が強い分、飲むタイミングを選びます。心が弱りきって、ただ休息と共感を必要としているときに読むと、追い打ちのように感じて傷つくこともあります。今はとにかく誰かにわかってほしい、という状態なら、少し回復してから開いたほうがいいかもしれません。反対に、「変わりたいのに変われない」ともがいている人には、これ以上ない後押しになります。同じ本でも、読む時期によって効き方がまるで変わります。

もうひとつ。この本は一度読んで終わり、という性質のものではありません。読んだ直後は「わかった」と思っても、日常に戻ればまた他人の評価が気になり、また過去を言い訳にしている自分に気づきます。アドラーは、この思想を本当に身につけるには「生きてきた年数の半分」がかかると言います。手元に置いて、迷ったときに読み返す。そういう長い付き合いに向いた一冊です。線を引いて読み返すたびに、刺さる場所が変わっていきます。

よくある質問

Q. 内容は難しいですか。哲学の知識がなくても読めますか。

哲学や心理学の予備知識はいりません。全編が哲人と青年の対話で進むので、物語を追う感覚で読めます。むしろ難しいのは、書かれている内容を頭で理解することよりも、それを自分の生活に受け入れることのほうです。文章はやさしいのに、読みながら何度も立ち止まって考えさせられます。専門書を身構えて開くより、青年になったつもりで哲人に反論しながら読むと、驚くほどすっと入ってきます。読書が得意でない方でも、最後までたどり着ける作りになっています。通勤時間や寝る前の時間に、一夜分ずつ読み進めるのもおすすめです。

Q. 自己啓発書にありがちな、宗教っぽさや押しつけはありませんか。

スピリチュアルな要素や、特定の信仰への勧誘はいっさいありません。土台にあるのはアドラーという心理学者の理論で、根拠は人間関係のていねいな観察に置かれています。ただし「他者貢献」や「共同体感覚」といった言葉は、人によっては理想論や精神論に聞こえるかもしれません。本書自身もそれを承知していて、青年が「そんなのきれいごとだ」と食ってかかる場面を何度も用意しています。読者に鵜呑みにさせるつくりにはなっておらず、疑いながら考えさせる構成なので、押しつけがましさは薄いはずです。納得できない部分は、保留したまま読み進めて構いません。

Q. 続編はありますか。あわせて読むべきですか。

同じ著者コンビによる続編『幸せになる勇気』があります。前作が「アドラーの思想とは何か」を描いたのに対し、続編は「学んだあと、それをどう実践し、人を愛し、幸せになっていくか」に踏み込みます。教育や仕事、恋愛といった、より具体的な場面での悩みを扱うので、本作で心を動かされた人なら続けて読む価値があります。ただ、まずは本作一冊だけでも十分に完結しています。読んでみて、もっと深く知りたくなったときに手を伸ばせば十分間に合います。あわてて二冊そろえる必要はありません。


他人の評価という重い荷物を下ろして、自分の人生を自分の足で歩き出したい。そう願うなら、『嫌われる勇気』はその最初の一歩を後押ししてくれます。厳しさもある一冊ですが、読み終えたあとに残るのは、不思議なほど軽くなった心です。まずは五夜の対話の、最初の一夜だけでも開いてみてください。

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今日から他人の課題を手放し、いま、ここを生き始めた自分を想像してみてください。ページをめくる前と後で、世界の見え方は確かに変わります。その変化を、あなた自身の目で確かめてみてほしいのです。

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