「競合他社の製品よりも、明らかに自社製品の方がスペックが高く、価格も安い。だから絶対にうちの商品が選ばれるはずだ」
「詳細な機能比較表を作り、論理的に自社の優位性を説明すれば、顧客は必ず納得して買ってくれるはずだ」
もしあなたが、商品開発やマーケティング、あるいは営業の現場においてこのような「論理的で正しい戦略」を立てているにも関わらず、なぜか売上が全く伸びないと頭を抱えているなら。そして、明らかに自社よりもスペックが低く割高なライバル企業の商品ばかりが飛ぶように売れていく現実を前に、「消費者はバカなのか?」と憤りを感じているなら。
残念ながら、決定的に間違っているのは消費者ではなく、あなたの「人間に対する前提条件」の方です。
旧来の経済学や、ビジネススクールで教えられるマーケティング理論は、一つの強力な前提の上に成り立っています。それは「人間は、常にすべての情報を冷静に計算し、自分にとって最も合理的で利益になる選択肢を選ぶ生き物である」という前提です。
しかし、現実のビジネスの現場において、この前提は完全に崩壊しています。人間は決して合理的なコンピューターではありません。その場の雰囲気、少しの言葉の違い、あるいは見せ方の順番だけで、驚くほど簡単に「損な選択」をしてしまう、極めて感情的で不合理な生き物なのです。
この「人間の不合理さ」のメカニズムを、膨大な心理実験によって科学的に解き明かし、世界中のマーケターや起業家に凄まじい衝撃を与えた一冊のバイブルが存在します。
それが、行動経済学の第一人者であるダン・アリエリー教授によって書かれた世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』です。
本書が世界中のビジネスの最前線で今もなお読まれ続けている理由はただ一つ。
それは、人間の不合理な行動が「ただの気まぐれ」ではなく、「特定のパターンを持った、完全に予測可能な不合理(予想どおりの不合理)」であるという恐るべき事実を証明したからです。
つまり、この「不合理のパターン」さえ知っていれば、あなたは顧客の心理をハックし、意図的に「こちらが選ばせたい商品」を、顧客自身が「自分で合理的に選んだ」と錯覚させながら販売することが可能になるのです。
本記事では、価格競争やスペック競争という不毛な泥沼から完全に抜け出し、顧客の「錯覚」をコントロールして爆発的に成約率を高めるための行動経済学の極意を、圧倒的なボリュームと図解を用いて徹底的に解剖していきます。
1. 顧客は「絶対的な価値」を知らない。すべては「相対評価(比較)」で決まる
私たちがビジネスを行う上で、最も陥りがちな致命的な勘違いがあります。
それは、「顧客は、その商品が本当に自分にとっていくらの価値があるのか(絶対的な価値)を正確に知っている」と思い込んでいることです。
例えば、今あなたの目の前に「新型の高性能コーヒーメーカー(3万円)」があるとします。この3万円という価格は高いでしょうか?安いでしょうか?
実は、人間の脳は、このコーヒーメーカー単体をじっと見つめても、それが3万円の価値があるかどうかを判断できるスペックを持ち合わせていません。人間は「絶対的な価値」を単独で評価することが物理的に不可能なのです。
では、顧客はどうやって価値を判断しているのでしょうか?
答えは極めてシンプルです。「他の何かと比較して(相対評価で)」決めているのです。
「おとり効果(デコイ)」の恐るべき威力
この「人間は比較対象がないと価値を判断できない」という不合理な性質を逆手に取った最強のプライシング(価格設定)戦略が、本書で紹介されている「おとり効果」です。
著者のアリエリー教授は、ある経済誌の購読プランを用いて、人間がいかに簡単に比較に騙されるかを証明しました。最初のプランは以下の2つです。
- 【A】Web版のみの購読:5,000円
- 【B】Web版+雑誌版のセット購読:12,000円
この2択を提示された時、大半の学生(約7割)は「安くて合理的な【A】」を選びました。「雑誌版までついて12,000円は少し高い。Web版だけで十分だ」と冷静に計算したのです。
しかし、教授はここに「絶対に誰も選ばない、狂った選択肢(おとり)」を一つだけ追加しました。
- 【A】Web版のみの購読:5,000円
- 【おとり】雑誌版のみの購読:12,000円
- 【B】Web版+雑誌版のセット購読:12,000円
よく見てください。「雑誌版のみ」が12,000円なのに、「Web版+雑誌版のセット」も同じ12,000円です。誰がどう考えても「雑誌版のみ」を選ぶバカはいません。事実、このおとりを選んだ人はゼロでした。
しかし、この「誰も選ばない無意味な選択肢」を追加しただけで、結果は恐ろしいほど激変しました。
なんと、約8割の人が高額な「【B】Web版+雑誌版のセット購読(12,000円)」を選ぶようになったのです。
なぜ顧客は「高い方」を買ってしまったのか?
人間は【A】(Web版5,000円)と【B】(セット12,000円)の価値を直接比較することは苦手です。どちらが自分に必要か、すぐには分かりません。
しかし、【おとり】(雑誌のみ12,000円)と【B】(セット12,000円)の比較であれば、幼稚園児でも「【B】の方が圧倒的にお得だ!」と一瞬で判断できます。
顧客の脳内では、「【B】は【A】に比べて高額かどうか」という当初の合理的な思考は完全に消え去り、「【B】は【おとり】に比べて圧倒的にお得だ!今すぐこれを買わなければ損をする!」という興奮状態(錯覚)へと切り替わってしまったのです。
【おとり】は、売るための商品ではありません。【B】を圧倒的にお得に見せるための「比較の踏み台」としてのみ機能しているのです。
あなたの会社の商品ラインナップに、「本命の商品(売りたい商品)」を輝かせるための「おとり(引き立て役)」は存在していますか?もし、顧客に「安い方」ばかり選ばれてしまっているなら、それは商品の魅力が足りないからではなく、「本命を高額に感じさせないための、巧妙な比較対象(おとり)」を意図的に設計していないからに他なりません。
2. 【図解】「論理的マーケティング」と「行動経済学マーケティング」の残酷な違い
顧客がいかに「相対評価(比較)」という錯覚に支配されているかをご理解いただけたでしょうか。
さらに本書では、この「おとり効果」以外にも、顧客の判断を狂わせる恐るべき不合理のトリガー(引き金)が多数紹介されています。従来の「論理的で正しい(しかし売れない)アプローチ」と、人間のバグを利用した「行動経済学的アプローチ」で、結果がどのように変わるのかを図解で比較してみましょう。
| 不合理のトリガー | 論理的アプローチ(失敗例) | 行動経済学的アプローチ(大成功例) |
|---|---|---|
| ① アンカリング(初期値の刷り込み) | 「この高性能な真珠のネックレスは10万円です。他社の7万円のものより品質が高いです」 (いきなり10万円を提示。顧客は『10万は高いな』としか思わない) |
「通常、このクラスの真珠は銀座の高級店で『50万円』で取引されています(アンカー)。しかし当店では独自のルートにより、10万円でご提供します」 (最初に『50万』という巨大な数字を脳に刷り込むことで、10万が『破格の安さ』に錯覚する) |
| ② 無料(ゼロ)の魔力 | 「Aの高級チョコは通常100円を【50円】に。Bの普通チョコは通常20円を【10円】に割引します」 (合理的に考えれば、割引額の大きいAの高級チョコ(50円引き)を選ぶのが正解。実際、多くの人がAを選ぶ) |
「Aの高級チョコは通常100円を【40円】に。Bの普通チョコは通常20円を【0円(無料)】にします」 (割引額はA(60円引き)の方が圧倒的に大きいにも関わらず、『無料』という言葉の魔力により、ほとんどの人が損なBに群がる) |
| ③ 希少性と喪失の恐怖(授かり効果) | 「このNetflixのサービスは、いつでも好きな時に月額1500円で契約できます。機能も充実しています」 (いつでも手に入ると思うと、人間は行動を後回しにする) |
「今なら『30日間無料トライアル』でお試しいただけます。もし気に入らなければ、いつでもキャンセルできます」 (一度『自分のもの』として所有させてしまうと、人間はそれを失うことに猛烈な痛みを感じるため、無料期間が終わっても解約できなくなる) |
「無料(FREE!)」は単なる割引ではない。脳をバグらせる魔法である
特に注目すべきは、上記の表の「② 無料(ゼロ)の魔力」です。
100円が10円になる(90円引き)のと、10円が0円になる(10円引き)ののでは、論理的に計算すれば圧倒的に前者の「90円引き」の方が利益が大きく、合理的です。しかし、「0円(無料)」という言葉を見た瞬間、人間の脳内では論理的思考回路が完全にシャットダウンされ、理性を失ったゾンビのように無料の群れへと突進してしまうのです。
なぜ人間はこれほどまでに「無料」に弱いのでしょうか?
アリエリー教授は、「人間は『損失(損をすること)』に対して異常なほどの恐怖を抱いているからだ」と説明しています。どんなに安い商品でも「お金を払う」という行為には、失敗して損をするリスクがわずかに伴います。しかし、「無料」という選択肢には、その損失リスクがゼロ(0%)なのです。人間は「利益を最大化すること」よりも、「損失リスクをゼロにすること」に極端に惹かれる生き物なのです。
Amazonが「〇〇円以上で送料無料」というキャンペーンを打った途端に売上が爆発したのも、この「無料の魔力」を極限まで利用したからです。たとえ送料がたったの200円だったとしても、その200円を「無料」にするために、顧客はわざわざ必要のない2,000円の本を追加で買ってしまう(不合理な行動をとる)のです。
もしあなたのビジネスで「見込み客からの問い合わせが来ない」と悩んでいるのであれば、お問い合わせのハードルを単に下げるのではなく、この「無料(リスクゼロ)」の魔力をフロントエンド(集客口)に強烈に組み込むことが、最も確実で爆発力のある特効薬となります。
3. 顧客に「お金の話」をした瞬間、信頼は消え去る(社会規範と市場規範)
本書のもう一つの大きなテーマであり、ビジネスにおいて最も多くの人が踏んでしまう地雷が「社会規範」と「市場規範」の混同です。
人間関係には、全くルールの異なる2つの世界(規範)が存在します。
- 【社会規範】 家族、友人、ボランティアなど。「助け合い」や「思いやり」で動く世界。(お金のやり取りはない)
- 【市場規範】 ビジネス、雇用、売買など。「費用対効果」や「お金」で動く冷徹な世界。
この2つの世界は、それぞれ単独で存在している時は非常にうまく機能します。しかし、この2つを少しでも混ぜ合わせた瞬間、必ず「市場規範(お金の世界)」が社会規範を食い殺し、関係性が完全に崩壊してしまうという恐ろしい法則があるのです。
「500円あげるから手伝って」の悲劇
例えば、あなたが引っ越しをすることになり、親友に「引っ越し手伝ってくれない?」とお願いしたとします(社会規範)。親友は「もちろん!終わったらピザでも奢ってよ!」と喜んで重い荷物を運んでくれるでしょう。
しかし、もしあなたが「引っ越し手伝ってくれない?お礼に500円払うから」と言ってしまったらどうなるでしょうか。
その瞬間、親友の脳内は「助け合い(社会規範)」から、「労働対価(市場規範)」へと一瞬で切り替わります。そして「俺の重労働の価値は、たったの時給500円なのか?ふざけるな」と激怒し、二度と手伝ってくれなくなるでしょう。お金を一銭も払わない方が、喜んで働いてくれるのです。
これはビジネスでも全く同じです。
企業はよく「私たちは家族のような企業です」「お客様に寄り添うパートナーです」と、社会規範(温かい絆)をアピールします。顧客もその温かさを信じて、多少の不便は我慢してファンになってくれます。
しかし、その企業がある日突然、「今月からサポートダイヤルを有料(1分100円)にします」「支払いが1日遅れたので延滞金をとります」と、冷徹な市場規範(お金のルール)をチラつかせた瞬間、顧客の愛情は「怒り」と「裏切られたという憎悪」へと反転します。一度失われた社会規範(信頼)は、二度と元には戻りません。
もしあなたが、自社の商品やサービスを「価格競争(市場規範)」から脱却させ、顧客から熱狂的に愛されるブランド(社会規範)へと昇華させたいのであれば、顧客との接点において「いかにお金の匂いを消し、助け合いの文脈を構築するか」を死ぬ気で考え抜かなければならないのです。
4. 【まとめ】人間の「バグ」を知る者だけが、ビジネスゲームを制する
今回は、世界に衝撃を与えたダン・アリエリー教授の『予想どおりに不合理』について、ビジネスの成約率や価格競争の脱却という視点から超・実践的に要約・解説しました。
私たちは誰もが、自分自身を「論理的で賢く、冷静に判断できる消費者だ」と信じて疑いません。そして、自分が物を売る側(マーケターや営業マン)に回った時も、相手に対して「論理的で賢い消費者」であることを前提に、緻密なスペック比較や原価計算のアピールをしてしまいます。
しかし、この記事で見てきた通り、その前提は完全に間違っています。
人間は、横に「おとり」を置かれただけで簡単に高い商品を買い、「無料」という言葉を見た瞬間に理性を失い、一度手にしたもの(無料トライアル)を手放すことに異常な恐怖を覚える、極めて感情的で「バグ」だらけの生き物なのです。
この人間のバグ(不合理な性質)を嘆く必要はありません。
著者が証明した通り、このバグは決してランダムに発生するものではなく、「完全に予測可能(予想どおり)」だからです。重力がどのような法則で物を落とすのかを知っていれば飛行機が作れるように、人間の心がどのような法則でバグを起こすのか(行動経済学)を知っていれば、あなたは顧客の行動を意図的にコントロールし、売上を爆発的に高めることができるようになります。
実際の書籍には、この記事で紹介した内容以外にも、「プラシーボ効果(高額な栄養ドリンクの方が効くと思い込む心理)」や「先延ばしの癖を科学的に防ぐ方法」、「なぜ人間はごまかし(嘘)をしてしまうのか」など、人間のドロドロとした本性をユーモアたっぷりに暴き出した恐るべき実験結果が山のように詰まっています。
「なぜ、うちの良い商品が売れず、ライバルの劣った商品ばかりが売れるのか?」という疑問に、論理的アプローチの限界を感じている方は、ぜひこの行動経済学のバイブルを手に取ってみてください。
人間の「不合理さ」という最強の武器を手に入れた時、あなたのビジネスは価格競争やスペック競争という不毛な泥沼から完全に抜け出し、全く新しい次元のステージへと進化するはずです。
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